東北関東大震災が発生して、もう20日が過ぎました。
昨日は 弊館をいつもご贔屓にお越しいただいております東京のお客様が
震災後 初めてお越しいただきました。
地震が起きたとき 車を運転中だったそうですが
全くハンドル操作ができず 大変なことが起こっていると感じたそうです。
仕事は再開したものの 東北の取引先のことを思うと
心が痛いと仰っていらっしゃいました。
昔から「喪に服する」という慣習があります。
多くの方が亡くなり、
被災者の方々は今も安心して寝ることさえできず苦しんでいる。
普段どおりの生活が送れるものは 華美なことは控え
周囲に配慮し 相手の気持ちになるとした美徳だと思います。
ただ 何の被害も出なかった土地でのイベント中止を聞くと
「自粛」という「喪に服す」行為は正しいのでしょうか。
自粛によって生まれるものがあるのだろうか、
自粛によって何か被災者の方のお役に立つのだろうかと
改めて考えてしまいます。
飛騨市でも4月19日、20日に行われる
春の古川祭りが中止となりました。
この祭りは単に神事というだけでなく
飛騨市において 大きな経済の噴出と
観光において全国へのアピールの場所でもあります。
決定したことに今更何を言っても始まりませんが
もっと慎重に議論をするべきだったのではと思われてなりません。
今、検討されていらっしゃる方 これから検討をされる方は
何のために自粛するのか もう一度お考え頂き
話し合いを重ねていただきたいと 切に思います。
先月末に、ニューヨークタイムズ紙が日本についての記事掲載をしています。
見出しは、
–津波後の日本は自粛という新たな強迫観念に襲われた–